ホームインタビュー日本の高等教育の未来のために ―筑波大学マレーシア校が担う役割とは―
日本の高等教育の未来のために  ―筑波大学マレーシア校が担う役割とは―

日本の高等教育の未来のために ―筑波大学マレーシア校が担う役割とは―

2025.03.06 特別インタビュー

近年、日本政府では、日本の大学の国際的な地位の向上や留学生の獲得を目指し、大学の国際化と日本型教育の海外展開を後押ししています。そんな中で、筑波大学は2024年9月、日本の大学として初めて、海外にありながら日本本国から学位を授与できるキャンパスとして、筑波大学マレーシア校(UTMy/学際サイエンス・デザイン専門学群) を開設しました。
この構想の発端は、2018年に行われた日馬首脳会談に遡ります。当時、マハティール首相が安倍首相に対し、「日本の大学の海外校をマレーシアに設立してほしい」と依頼がありました。その後、筑波大学がマレーシア工科大学との共同学位プログラムを通じて教育研究協力を進めていたこともあり、マハティール首相に名誉博士号を授与する際に、直接正式な依頼を受けたのがきっかけでした。2019年には文部科学省や外務省との調整を経て「設置準備室」が発足。その準備室長を務め、現在はUTMyの学群長である辻村教授に、筑波大学マレーシア校の概要や今後の展望について詳しく伺いました。

筑波大学マレーシア校とはどのような大学なのでしょうか?
開校初年度のため、学生数はまだ少なく、マレーシア人7名、日本人6名の計13名が入学しました。授業は日本語と英語を併用し、課題解決型学習(PBL=Problem Based Learning)を重視したカリキュラムを提供しています。現在、専任教員は14名。つまり、学生数より教員の方が多い状況です。そのため、授業中にも自然と複数の教員が参加できる雰囲気があり、例えば統計学の授業に体育系の教員が参加するなど、学際的な学びを実現できています。このような教育環境は、教員同士が互いの教授法を学び合う機会にもなっており、非常に良い効果を生んでいます。


PBL授業はどのように進められるのでしょうか? 
PBLにおいて最も難しいのは、学生自身が課題を設定することなんですが、まずは「身の回りの困りごとを探してくるように」と伝えます。最初は、「友達がほしい」とか「マレーシアの違法駐車を減らせないか」といった様々な意見が出ます。しかし、授業を進めるうちに、学生たちはより具体的な課題に落とし込んでいきます。例えば、最終的には「違法駐車問題を解決しよう」「水道水を安全に飲めるようにしたい」「AIの精度向上」といったテーマに収束し、グループごとに取り組む形になりました。私自身も見ていて、つい助言したくなる場面もありましたが、担当した教員は学生の自主性を尊重するために辛抱強く待ちました。その結果、自ら考え、動き出す力が育っていると感じます。


学際サイエンス・デザイン専門学群とは?どのような学生を求めていますか? 
「地球規模課題を解決する人材の育成」を目的としています。そのためのツールとして、データサイエンスを中心に据えていますが、理系の学生だけを求めているわけではありません。文系の学生も歓迎しており、特に「問題解決に貢献したい」という意欲を持った人に来てほしいですね。数学の基礎も必要ですが、実践を通じて学ぶ環境が整っています。
 

辻村 真貴 さん 
筑波大学生命環境系教授・学際サイエンス・デザイン専門学群(マレーシア校)学群長 


いわゆる一般教養のような授業もありますか? 
全学必修科目として、「学問への誘い」という授業があります。高校レベルの素朴な疑問が大学の学問とどう結びつくのかを示すもので、従来の一般教養とは異なり、学びのマインドに火をつけたいというところを目的としています。また、日本文化や倫理観を学ぶ授業のほか、体育や武道の科目もあり、剣道やバドミントンは特に人気の科目ですね。


日本からの留学生もさらに増えるのではないでしょうか? 
元々、マハティール首相からの要請では「すべての授業を日本語で行ってほしい」というものでした。これは、マレーシア国内で日本の大学教育を受けられる環境を整え、マレーシア人が日本へ留学せずとも学べるようにすることを目的としています。そのため、当初は日本人学生のターゲットは、マレーシアに駐在している方のお子さん程度のイメージでした。しかし、実際に開校してみると、日本の高校を卒業した学生も多く入学しました。現在、日本国内の高校や東南アジア各国に住む日本人からも問い合わせが増えており、想定以上の関心をいただいている状況です。また、今後はクアラルンプール日本人学校中学部と本学附属坂戸高等学校との教育協力も予定しており、こちらの日本人学校で学ぶ学生にとっても、繋がりができていくかもしれません。


今後は日本人の定員に制限を設けることもあるのでしょうか? 
マレーシアの大学では、例えばマレー系〇%といった形で人種ごとの定員を設定することがありますが、日本の国立大学では基本的に国籍や人種による入学制限を設けることはできません。マレーシア人と日本人が共に学ぶ環境は、非常に価値があると考えています。しかし、国籍を基準に選抜することはできないため、結果として優秀な学生から順に選考していく形になります。


人種や国籍などのバランスは学習環境として影響しますか? 
ディスカッションなどをしていると、バックグラウンドの違いから生まれる意見の多様性を実感します。これは非常にポジティブな効果をもたらしており、異なる価値観を持つ仲間と議論を深める経験は、学生たちにとって大きな学びになります。現在、UTMyにはマレー系、中華系、インド系のマレーシア人学生が揃っており、文化的な多様性は確保できています。しかし、課題として挙げられるのはジェンダーバランスです。初年度は、結果的にマレーシア人学生は全員が男性で、日本人も女性が2名のみ。実は、マレーシアの大学では割とジェンダーバランスが良くて、工学系の学部でも半数以上が女性というケースも珍しくありません。その点については、正直なところ課題だと感じています。とはいえ、学生たちは文化や価値観の違いをうまく受け入れながら、工夫して学びを深めてくれているようです。


UTMyの卒業生は、どのような進路やキャリアパスを想定されていますか? 
UTMyでは卒業研究をしっかりと行わせる方針です。その上で、各専攻分野の大学院への進学が選択肢のひとつとなります。また、文系の学生であればマスコミや企業の広報、データサイエンスを中心に学んだ学生であればファイナンスやコンサルティングといった分野も十分に考えられます。文理を問わず、さまざまな分野で活躍できる力を身につけられるのがUTMyの特徴です。
 


率直な質問ですが、日本の筑波大学と比べて、UTMyの入試は入りやすいのでしょうか?
確かに、多くの方が気になるポイントですよね。昨年12月のオープンデーでも、日本人の保護者の方々から同じ質問を受けました。結論から言うと、入試のやり方も、みている基準や価値判断も本校とは全く異なります。 UTMyでは「問題解決に対するモチベーション」を重視しております。そのため、こちらの方が入りやすそうだからという理由で志望されるなら、絶対に来ないでくださいと申し上げました。なぜなら、入学後に苦労することになるからです。

UTMyは、より新しい選考方法を採用しているのですね。 
大勢の志願者の中から足切り的な試験をする上では、基礎能力を筆記試験で測り、点数で切っていくというのは有効ですし、優秀な学生も集まります。この方法は、右肩上がりの経済成長期においては有効でした。しかし、現在の社会では、それだけでは通用しなくなっています。日本の大学の課題は、「与えられた問題を正確に解く能力」を持った人材は育つものの、「自ら問題を発見し、解決できる人材」を育成できていない点にあります。UTMyでは、その課題を克服するために、まったく異なる入試方法を採用しています。ペーパーテストができることも大事ですが、それだけでは社会に貢献できる人材にはなれません。


UTMyを志望する場合、どのような力を磨いておくべきでしょうか? 
まず、中等教育の基礎的な学力は必要です。特定の点数基準は設けていませんが、ある程度の学力や知識はつけておく必要があります。加えて、「自分で問題を設定できる力」や「その過程にモチベーションを持てるか」も重要です。問題設定の作業は、想像以上に大変です。そのため、こうした能力を高めることに意欲を持てる人に来てほしいですね。世の中を変えていくのはそういう人だと思いますので、それを「一緒にやりましょう!」と志願しようと考えている方には伝えたいと思います。 子どもたちは、これからタフな状況下に置かれた時にも、最後は自分自身で解決しなければいけませんからね。


日本の高等教育機関として初の海外校であるUTMyですが、今後の展望についてお聞かせください。
良い取り組みは普及させることが重要ですので、日本の他の大学にもぜひ後に続いて海外校を設立してもらいたいと思っています。そのためには、自立したビジネスモデルを示し、運営のノウハウや教育課程などの情報をできるだけオープンにすることが必要です。私たちは、筑波大学のためだけでなく、日本全体の高等教育の発展に貢献することを使命としています。「国益に資する人材を育成する」ことこそが、日本の国立大学としての役割だと考えてい
ます。


本日は貴重なお話をありがとうございました。 


University of Tsukuba, Malaysia 
筑波大学 マレーシア校 

https://www.utmy.edu.my/

・取得可能学位: Bachelor of Arts and Science  *筑波大学から授与される日本における同学位 
・入学可能人数: 40名 
・言語: 英語、日本語、マレー語 
・入学時期: 9月 
・授業料: マレーシア人 RM35,000/年、マレーシア人以外 RM38,000/年  
 

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