ホームインタビュー森を育て、絆を育む ー笑顔でつなぐサラワクの未来ー(酒井和枝さんインタビュー)
森を育て、絆を育む ー笑顔でつなぐサラワクの未来ー(酒井和枝さんインタビュー)

森を育て、絆を育む ー笑顔でつなぐサラワクの未来ー(酒井和枝さんインタビュー)

2025.09.11 特別インタビュー

2025年度第63回「社会貢献者表彰」受賞者 酒井和枝さん

マレーシア・サラワク州で40年以上にわたり先住民族と共に熱帯雨林の再生に取り組み、「サラワクの母」と呼ばれ現地の人から親しまれてきた、クチン在住の酒井和枝さん。
第63回社会貢献者表彰を受賞した酒井さんの、その並外れた情熱はどこから出てくるのでしょうか。これまでの歩み、これからの展望を伺いました。

酒井和枝さん

Q1.受賞が決まったときのお気持ちは?

大変光栄でした。2017年の外務大臣表彰に続き、今回も活動に光を当てていただけたのは、私個人にというよりは「サラワク全体」に与えられたものだと思います。授賞式にはイバン族やビダユ族の仲間も同行し、初めてパスポートを手にした人たちが荘厳な帝国ホテルの会場に立った姿を見て胸が熱くなりました。「よく見つけてくださった」と心から感謝しました。

Q2.授賞式で印象に残ったことは?

安倍会長がサラワクに強い関心を示され「行ってみたい」とおっしゃってくださったのがとても嬉しかったです。また他分野で活動されている受賞者の取り組みを伺い、大きな刺激を受けました。社会貢献活動は周囲の協力なしには続けられません。改めて感謝の思いが強まりました。授賞式前日には以前にサラワクで植林ボランティア活動に参加したメンバー達が50人ほども私に会いに集まってくれました。それも本当に嬉しかったです。

左:安倍昭恵 会長 右:酒井和枝さん

Q3.ボルネオ島で活動することになったきっかけは?

実は“愛”なんです(笑)。20歳のとき日本へ国費留学していたマレーシア人に一目ぼれし、その情熱でサラワクに渡りました。そのご縁は長く続きませんでしたが、この土地の人々の温かさに惹かれ、恩返しをしたいと思うようになりました。

Q4.サラワクではどのようなお仕事を?

はい。旅行会社を営みながら、日本マレーシア協会サラワク・コーディネーターやクチン日本人会の創立メンバー、ロータリークラブ会長、そしてNPO法人「ボルネオ熱帯雨林再生プロジェクト」の理事長も務めています。色々なことをしているので「本業は何?」とよく聞かれます(笑)。

Q5.熱帯雨林再生に取り組むきっかけは?

1980年代、マハティール元首相の東方政策の一環で設けられた日本食レストランで20年間働き、総支配人まで務めたのですが、その間多くの政府関係者と交流する機会がありました。色々とお話を伺う中で、森林局の長官から「2000年にはボルネオの森が消える」というお話を伺い、人手も資金も足りずなかなか厳しい状況だと聞いた言葉が胸に残っていました。ちょうどその頃、日本でサラワクの木材に長く携わってきた方が「今度は植えて恩返しがしたい」と相談があったんです。すぐに政府関係者へつなぎ、一緒に通訳的役割で会合に参加するようになったのが始まりです。その後1995年に植林を開始。それ以来多くの企業、団体、個人からの協力を得て、35万本以上を植えてきました。

Q6.想像以上に大きな転機ですね。

本当に。通訳として少し関わったつもりが、いつの間にか熱帯雨林再生の面白さに踏み込んでしまって。植林活動がライフワークになるとは予想もしていませんでした。でも、こんなに長く続けられているのは「楽しい」からに尽きます。学生ボランティアにも伝えています。人生はどこで変わるか分からない、出会いは大切にと。

Q7.活動で最も大変だったことは?

村人の反対です。2007年の植林式典では「日本は戦争をするのか」と赤い垂れ幕を掲げられました。あの景色は忘れられません。けれども諦めず村に通い、「土地を奪うのではなく森を再生するのだ」と伝え続けました。病人を車で運び、災害があれば駆けつける。そんな積み重ねで信頼を築くのに10年以上かかりました。

Q8.今はどんな関係に?

植えた木を焼かれたり伐られたりもしましたが、30年余りを経て理解が広がり、三世代に渡り活動を支えてくれる村人もいます。森と同じように、人との関係も少しずつ育ってきました。

Q9.活動を持続させる工夫は?

先住民族の理解と協力が不可欠です。焼畑から植林による収入へと生活基盤を変えていく必要があります。男性は植林、女性は果樹の苗木づくりを担ってもらい、それを私たちが買い取って収入にしています。こうした仕組みを通じてコミュニティフォレストリーを推進しています。

Q10.NPOボルネオ熱帯雨林再生プロジェクトのスローガン「未来のために一本の木を」にはどんな思いが?

人類が一本ずつ木を植えれば必ず地球は変わる。そんな願いを込めています。2000~2005年にはマレーシア全土で「1億本植樹」計画が掲げられましたが、サラワクは早い段階で目標を達成しました。日頃の活動の成果だととても嬉しく思いました。

Q11.ボランティア受け入れも積極的に続けていらっしゃるとか。

はい。学生や企業の研修生、日本からの団体など多くの人が来てくれます。植林や苗づくりだけでなく、稲刈りや学校交流も行います。人と人が出会い笑顔を交わすことで森づくりが進むのを実感します。皆活動に参加することで、今まで知ることのなかった世界を体験し、新たな目が開いた思いになるようです。体験を通じて、帰国後も森林再生について学びを深めてくださる方も多く、これも蒔いた種が育ち、広がっていっているようだなと嬉しく思っています。

Q12.サラワクで暮らして感じる魅力は?

やはり人です。多民族・多宗教社会で互いを尊重して暮らしている。食べ物も美味しく、森が多いからか都市より涼しく過ごしやすい。訪れた日本人はみな「想像以上にいい所だ」と言います。近頃は観光やビジネスの注目も高まり、日本からの問い合わせも多いです。ずっと前からサラワクの良さを広めたいと思っていたので、サラワクが今注目されているのはとても嬉しいです。

Q13.これからの目標は?

続けること、それに尽きます。3年ほど前から娘も日本から戻り活動を支えてくれているんです。息子はサラワク大学で熱帯土壌の専門家として、教鞭を取っています。研究や論文のために生徒を連れてくることも多くあり、学生たちの論文によって、私たちの活動も広がっていくのではと期待しています。また、植林を体験した子どもが成長して森林局に勤めるようになった例もあり、世代を超えて活動が根付いているのを感じます。今回の受賞を機に、さらに協力していただける企業や個人の方々を増やし、活動を広げたいです。

Q14.最後にマレーシアで暮らす日本人の方々へのメッセージを。

小さな勇気を持って一歩を踏み出すこと。“思えば叶う”。そして笑顔は最大の武器。人と出会い、笑顔を交わすことで生まれる絆がいちばん大切です。お金よりも絆がなければ何も成り立たない。森の木が種を落とし育つように、人との出会いも必ず未来につながります。
 

編集後記

2026年にサラワク在住50年を迎える酒井さんの言葉からは、自然や人への愛情、そしてどんな状況でも歩みを止めないしなやかさが伝わってきました。

酒井さんの笑顔は、出会った人々の心に明るい種をまき、また新たな笑顔を咲かせ続けています。植えた苗木がやがて森になったように、一本の木を植えることが森林を生み、人々の暮らしを支え、次の世代へと受け継がれていく。未来の環境を守るのは、私たち一人ひとりの小さな行動です。酒井さんの歩みは、その大切さを教えてくれています。

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