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将来マレーシアのフードサービス業界を担う学生たちへ、日本食の技術だけでなく、歴史、素材への向き合い方、そして「誰が食べるのか」を考えるおもてなしの心を伝える特別講義が開かれた。
7月17日、ジェトロ・クアラルンプール事務所は、テイラーズ大学の調理学部「テイラーズ・カリナリー・インスティテュート」で、現地の調理学生を対象とした日本食・日本食材の特別講義を開催した。
将来、マレーシアのホテルやレストランなどで活躍する次世代のシェフに、日本食に関する正しい知識や調理技術、食材の魅力を伝える全4回のプログラム。第1回は「日本食とは」をテーマに、在マレーシア日本国大使館の在外公館料理人・岳野基道シェフが登壇した。
今後は水産物、和牛をテーマとした講義が行われ、11月には学生による成果発表が予定されている。
開会にあたり、テイラーズ大学のアンソニー氏は、日本食がマレーシアで幅広く親しまれていることに触れ、今回の講義では料理そのものだけでなく、自然、季節、人との調和を大切にする和食の考え方を学んでほしいと呼びかけた。
良質な食材、職人技、持続可能性、食を通じた文化交流という和食の価値は、同大学の調理教育とも深く通じると説明。「文化や伝統を守ることと、新しいものを生み出すことは対立するものではなく、互いを補い合うもの」と述べ、伝統を尊重しながら未来の食文化をつくる若い料理人への期待を示した。
在マレーシア日本国大使館の二瓶大輔公使は、岳野シェフがイタリア料理と伝統的な日本料理を学び、パリのユネスコ日本政府代表部や在マレーシア日本国大使公邸で経験を重ねてきた経歴を紹介した。
その上で、調理技術だけでなく、「なぜその食材を使うのか」「なぜその調理法を選ぶのか」という料理の背景にある哲学を学んでほしいと強調。11月の成果発表では、日本料理をそのまま再現するのではなく、講義で得た知識をマレーシアの食文化や学生自身の創造力と組み合わせてほしいと語った。
続いてJETROのアニサ氏が、日本の食材がマレーシアのレストランに届くまでの流れを解説した。
日本の生産者やメーカーと、マレーシアのレストランや消費者の間には、輸入業者や販売業者が存在する。JETROは、日本の供給業者を探す輸入業者への支援や、食材を調達したいレストランと現地輸入業者とのマッチングを行っている。
鮮魚や野菜など鮮度が重視される食材は空輸、そば、調味料、海苔など保存しやすい食材は船便が中心となる。輸送時間やコスト、輸入規制は、使用できる食材だけでなく、メニューの価格、季節商品の設計、店のコンセプトにも影響する。
アニサ氏は、JETROや大使館、輸入業者が日本食を広めるための支援を行う一方で、食材を一皿の料理に変え、消費者へ魅力を届けるのは料理人であると説明。学生たちに対し、将来マレーシアで日本食の魅力を伝える存在になってほしいと期待を寄せた。

MAIN LECTURE
ここからは岳野シェフによる講義内容を紹介
講義の中心となった岳野シェフは、まず学生たちに大きな声で「おはようございます」と挨拶するよう促した。
日本の料理店や調理師学校では、技術よりも先に挨拶を学ぶことがあると説明。「日本の飲食店では、まず大きな声で挨拶ができなければ、仕事を教えてもらえないこともあります」と語り、料理人としての姿勢を示すところから講義を始めた。
岳野シェフによると、現在日本で食べられている料理は、寿司や天ぷらなどの伝統的な日本料理、日本風カレーやパスタなどの日本式西洋料理、ラーメンや餃子など外国の影響を受けながら日本で独自に発展した料理に大きく分けられる。
料理は、その国の歴史や文化と密接に関係している。岳野シェフ自身もマレーシア料理を学ぶ際、料理だけでなく、その背景にある歴史や文化を知ることを大切にしているという。
「料理の裏側にある物語を知ることで、味に一層の深みが出る」と学生たちに伝えた。

寿司や天ぷらは、現在では高級料理として知られているが、約200年前の日本では、屋台で手軽に食べる料理として発展した。
その後、日本国内だけでなく海外でも独自の進化を遂げている。一方で、本来の日本料理は、素材の持ち味を生かし、必要以上に手を加えないことを重視する。
その背景には、新鮮な魚介類や野菜に恵まれた日本の環境に加え、仏教の考え方も影響していると説明した。
かつては肉食や香りの強い食材が避けられ、「美味しく作りすぎてはいけない」という教えもあったという。強すぎる味や香りによって心を乱さないという考えが、伝統的な日本料理の控えめな味付けにつながってきた。
日本料理を支える重要な要素として、岳野シェフが繰り返し強調したのが「出汁」と「素材」だった。
出汁は、主に昆布と鰹節などの削り節から取られ、魚や野菜の持つ味を引き出す。良い出汁があれば、塩分や油を増やさなくても、料理に満足感と奥行きを出すことができる。
「日本料理は、この出汁がなければ始まりません」と岳野シェフ。伝統的な日本料理は、油を一滴も使わずに作ることも可能だと説明した。
また、季節ごとに最も良い食材を選ぶことも料理人の重要な役割となる。岳野シェフは、自身も朝早く市場へ足を運び、魚や野菜を自分の目で確認して選んでいると紹介した。
日本語の「ごちそう」という言葉には、料理をする人が良い食材を集めるために走り回るという意味が込められているという。
「季節の新鮮な食材に、ほんの少し手を加えて出すことが、最高の日本料理といわれています」
素材を選ぶ段階から料理は始まっていることを、学生たちに伝えた。
岳野シェフは、自身が勤務していたパリのユネスコ日本政府代表部にも触れ、2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことを紹介した。
登録されたのは寿司や天ぷらといった特定の料理ではなく、日本人の伝統的な食文化としての和食である。
その特徴として、多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重、健康的な食生活を支える栄養バランス、自然の美しさや季節の移ろいの表現、正月などの年中行事との密接な関わりの4つを挙げた。
東京で店を営んでいた際には、季節に合わせて献立、器、店内に飾る絵などを毎月変えていたという。料理を盛り付ける器も重要な表現の一部であり、料理に合わせて自ら器を作ることもあった。
現在もマレーシアで陶芸に取り組み、プラナカンの器を集めるなど、現地の文化を自身の料理に取り入れようとしている。
講義の最後に岳野シェフは、料理を作る上で最も大切なのは「誰が食べるのかを考えること」だと語った。
在外公館料理人として、来客の国籍や文化、好みなどの情報をもとに、毎回献立を考える。そのため、使用する材料も日々異なる。
一人の客のためだけに考え、一度しか作らない料理も少なくないという。
「食べる人を思い、その人のために料理を考える。それが私の学んできた日本のおもてなしです」
岳野シェフの言葉は、料理を単なる技術ではなく、人と人をつなぐ行為として捉える大切さを学生たちに伝えた。

質疑応答では、料理への情熱の原点について尋ねられ、岳野シェフは幼い頃に母親が作ってくれた料理の記憶を挙げた。
母親の料理がとても美味しく、その味を多くの人に届けたいという思いが、料理人としての原動力になっていると答えた。
マレーシア料理で印象に残ったものとしては、ルンダンを紹介。ニンニク、ショウガ、玉ねぎ、唐辛子、レモングラス、スパイスなどを使い、長い時間をかけて調理する工程に驚いたと語った。
学生からは、みりんを使わずにハラル対応の日本料理を作る方法、マレーシアの食材と日本の味の組み合わせ、ドリアンを使った料理など、現地ならではの質問が相次いだ。
岳野シェフは、みりんを使えない場合には、料理に必要な甘味を砂糖などで補う方法があると回答。マレーシアの食材を日本料理に取り入れる際には、まずその食材を実際に食べ、特徴を理解した上で、日本料理に生かせるかを考えることが重要だと説明した。
ドリアンについては、強い甘味が醤油と合う可能性にも触れ、学生たちの関心を集めた。
日本食を単に再現するのではなく、その歴史、精神、素材への向き合い方を理解し、マレーシアの文化や食材と組み合わせて新しい料理を生み出していく。
今回の講義は、未来の料理人たちにとって、日本料理の技術だけでなく、食材を選ぶ姿勢、食べる人への思いやり、料理の背景にある文化を学ぶ機会となった。
今後の水産物、和牛をテーマとした講義を経て、学生たちが11月の成果発表でどのような料理を生み出すのか、注目が集まる。
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